2015年10月3日土曜日

備忘録・甲斐駒ケ岳尾白川黄連谷右俣遡行 その2

右俣での夜。今夜もスーパームーンの名残で明るい月夜。深い谷の中に直接月明かりが差し込むことは無いが急峻な花崗岩の白い岸壁に反射した月明かりのおかげでヘッドランプが無くとも目が利く。たき火を囲みながら夜が更けるのを待ち、いつまでも顔を出さない月の登場を待った。

なんとなく待ちたいそんな気分だったがたき火ももう終盤。仕方なく寝ることにした。絶え間ない沢音(水の流れ落ちる音)、吹き上げる谷風、明日への不安などあいまって家のベットで熟睡するようには眠られなかった。まぁ山の中で寝るにあたって熟睡は出来ないのが常。目を閉じ横になる事が体力回復のためにも肝要だ。インナーテントの白布は月明かりに照らされいつまでも明るく眠りを妨げる。時折目を覚ますが今が何時なのかもわからないし確かめる気力もない。寝たり起きたり、夢うつつのまま時が経った。


目覚ましのベルが鳴ると2日目の朝の幕開けだ。ぬくもりの残るシュラフから這い出し、朝の冷たい空気に触れるのを避けシュラフの中であらかた着替えを済ませる。気合一発シュラフから這い出し間髪入れずアウターにフリースを着こむ。狭いテント内で3人それぞれのマットやシュラフを収納する。狭い作業スペースだけにそれぞれ正座したり身をかがめたりしながらせかせかと仕舞こむ。テント内の片づけが済むと朝食だ。今回の山行は登攀要素の強い沢だけに極力荷物を減らしたり軽い物を選んで軽量化につとめ無駄なものを徹底的に排除した。そのため例にもれず食事も軽量化の対象となっているわけで毎食アルファ米&フリーズドライや粉状の味噌汁、スープなど。なるべく軽くて高カロリーな食事に努めていた。今朝はフリーズドライの味噌汁にこれまたフリーズドライの親子丼の素、それをアルファ米にかけて食す。食後のデザートはカロリーメイトとスティック粉末のコーヒー。合計900カロリー。調理にはお湯だけ。簡単かつスピーディーな食事だ。でも味気ないし不健康ですよね。こんな感じの食生活が6食続いた。


さあ前置きはこの辺にしておいて・・・。核心の二日目のスタートです!標高1900m付近、黄連谷右俣のハイライトともいえる奥千丈の滝が始まる。朝日ははるか上方の花崗岩の岩壁を照らしいているがまだまだ谷底に降り注ぐまでには至らない。朝一の重い体に鞭打ちながら1歩づつ登高。幕場よりほどなく奥千丈の滝最初の関門に出会う。入口の10m滝は昨日越えた右俣で最初の滝と同じような難易度の直登できる滝だった。高度感はあるがホールドスタンスともに豊富で問題ないが緊張感を保ちながら登る。入口の滝を越えるとそこはまさに滝の真っただ中。急傾斜のスラブ滝が連続している。思いのほかどの滝も登れるが、万が一ミスって落ちれば数十メートル滑落する事が容易に想像できるような環境だけに一手が慎重になる。そんな中2mほどのツルツルの小滝が目の前に現れる。両岸滑りそうで水線の直登しか考えられない。身を切るような冷たい水の中、滝身に手を突っ込み見えないホールドを探す。冷たさに耐えながら水の中をごそごそやると手ごろなガバ(しっかり指のかかるでっぱり)を発見した。しかし足がかりが無い。これまた水流の中に足を突っ込み高い位置にそれを見出す。レイバック気味のムーブにビビリながらも足がすっぽ抜けない事を信じて(いや自分を騙して)乗り込む!後ろには5mナメ滝、30mトイ状など連続していて落ちると止まらない可能性があった。恐怖心から心拍数が上がり胸打つのが分かる。ふわっとした感覚とともに滝上に登りきった時のあの安ど感。たまりません。生きた心地とはまさにこれ。いや~この谷ではあと何度こんな感覚にさせてくれるのか・・・。アドレナリンでまくりです。

奥千丈の滝序盤のトイ状。水線付近を快適に直登できる。
奥千丈の滝で一番イヤラシかったポイント。 

奥千丈の滝最後の滝は右から落ち口に走る草付クラックを辿り落ち口ぴったりに巻いた。最後の滝を越えても相変わらず滝だらけ。もはや滝というよりも岩壁に水が滴り落ちている。そんな印象を受けるほど水は細く、スラブは急になっていった。いくつかの滝を直登し、その容易さに若干余裕が出てきていたころにそれは現れた。目測20m位の斜爆。一見すると直登不能なように思え弱点を探していると滝身左のクラックが上部へ抜けるのに快適そうに見える。ただロープを伸ばしたいような傾斜であった。よくよく観察しているとクラックに残置視点が。これを利用しない手はない!!リードでK山氏が登ることに。「ビレイしようか?」の問いにK山氏は「いいよいけるところまで行ってみる」とのことでフリーソロでチャレンジ。結果としてこれが最良の判断となった。リードで登るK山氏を下から見守っていると10m程高度を上げたあたりで行き詰っている様子が見える。ルートを探して右往左往しているようで、下りるにも懸垂支点が見受けられない。「やっぱビレイ取っておけばよかったな」とか思っていた。滝の落ち口方向にトラバースしかけた時それは起こった。「ガボ」鈍い音とともにK山氏のホールドが巨大な岩片(目測1m四方)となってを剥がれ出した!一瞬持ちこたえたが明らかに人力では持てないような体積のそれを支えられるはずもない。「ラクー!ラク!ラーク!」越えの限り叫んだ。ヤマピはその時岩の下降予測地点の真下あたりに居た。しかもたまたま目をそらしていたこともあり僕の声で異変に気づいた!二人は上流めがけて一心不乱に駆け出した!目の前の小滝の流心に飛びついた瞬間「ドカーン!!」物凄いクラッシュ音とともに岩は谷底に激突。白煙があがり焦げ臭さすら感じる。二人は無事だ。K山氏は!?目線を上に向けると元居た場所にK山氏は張り付いていた。こちらの安否を知らせK山氏の無事を確認する意味で「こっちは大丈夫!そっちは!?」と大声で叫ぶ。間もなくK山氏より大丈夫!のリターン。心の底からホッとした瞬間だった。と同時に先に進むためのホールドがはがれたK山氏の救出に向かうべくいったん下流に下がり右岸の岩溝より高巻きしK山氏の上部に出ることにした。高巻きは予想以上に悪く丈夫数メートルは完全フリーの確保無しでは恐ろしいフリクション勝負のスラブ登高となった。その途中「潤、もっと上」の声が聞こえた。K山氏からのコールだった。どうやらK山氏自身は安全地帯まで登り詰めてようだ。しばらく巻き上がったところでK山氏と合流。危機を振り返りあの時ビレイしていたら僕は死んでいたのだ・・・。いや引きずられてK山氏も落ちていたしヤマピも巻き込まれていたかも・・・。安ど感と共に背筋に旋律が走った。やはりこの谷には死が隣り合っている・・・。
またもや実感する出来事に直面したのであった。なにはともあれ生きている。まだ戦える。
気合を入れ直し黄連谷右俣の遡行、いや、”格闘”を再開した。
ジワリジワリ直登します

大胆なシャワークライミングも楽しい

高度感あふれる渓相

高巻きを続ける事30分、そろそろ谷に戻りたい。すると谷に戻れそうな踏み跡を発見!辿ってみるとやはり谷に抜け出すことができた。20mほどの直登不能なスラブ滝が行く手を阻む。しかしまだこの谷はてこずらせてくれるなぁ。この滝の高巻きも非常に絶妙だった。3段に分かれた逆走スラブを高巻きながら登り最後はギリギリつながる草付クラックを登り数メートル気持ち悪いフリクション勝負の登りを強いられた。なんとか滝上に立つと水はぐっと少なくなり眼前にはなにやら岩壁が見えている。近づくにつれそれが滝であることが分かってきた。ごつごつした一段目なめらかな2段目が目視で来た。これが最後の大滝3段60mか。1段目が登れそうだが2段目で行き詰ることは必至。無理せず左岸の尾根状より高巻きを選択。取り付いてみると巧妙な高巻き道がついている。普段獣道を追ってルーファイしている僕らにとってはそれは高速道路のように立派な道に見えるほどよく踏まれた踏み跡で正解ルートであることが一目瞭然であった。
右岸を高巻き。上部がフリクション勝負

水が枯れはじめ源流な雰囲気になる

出ました3段60m
しかしこの踏み跡、一向に谷に戻らない途中3段60mの1段目に出る踏み跡があったものの谷に戻らずハイマツ帯へと繋がっていく。次第に背の高いハイマツを掻き分け進むようになり谷底の様子は見受けられない。踏み跡はまだ続いている事からここは無理せず巻き続けることにする。
ハイマツを奮闘しながら掻き分け進んでいくと谷への降下点を発見!谷はほとんど涸れ水もしたたるばかり。昼飯用の水汲み忘れた!!気づいた時には時すでに遅し。されどもヤマピ執念の集水でなんとか2ℓ確保。南アルプスの天然水源流の貴重な水源だった。
長かった谷もいよいよクライマックス。稜仙が目前に迫る。ピークはどれだー!!とりあえず適当な岩峰に焦点を絞りハイマツの海を這い上がる。そのハイマツの海も永遠と思われる頃突如として人影を発見!まさにそれは登山道であることの証明。ヤマピを先頭にガシガシハイマツの海を無心で登る。目の前を行くヤマピが「出たー!」の一言。遂に黄連谷の終わりを告げた。突如として登山道に飛び出た!当初目標にしていた甲斐駒頂上直下の鞍部には出られなかったものの頂上より数十メートルの場所に出ることができた。頂上まではあとわずか。平日というのに頂上は登山者でにぎわっている。さっきまで人どころか獣一匹たりとも見ないような世界にいたとは思えないほどの光景である。
頂上直下最後のハイマツ漕ぎ

黄連谷からの甲斐駒登頂!
辿り着いた甲斐駒の頂上は真っ白の砂地。(花崗岩の風化した砂礫)ここはビーチか?と見まごうほど!登頂祈念に3人で記念撮影。写真をとってくれたおじさまに「今から鋸岳行くの?」(※甲斐駒よりつづく険しい岩山)と聞かれ「沢登です。黄連谷から」と答えるとおやっさんの頭の上に?マークが浮かんでいるのが見えた。ですよね。沢ヤの世界はマイナーですよね。誰にも認められない成果だけど僕たちは満足感でいっぱいだった。誰に認めてほしいわけではない。自分たちが納得したかっただけだから。この遡行は成功した。頂上に立ち360℃の大展望を満喫し僕らは悦に入っていた。下山路は日本三大急登に数えられる黒戸尾根。実はここからもまだまだ大変な道のりだ。
今日は七丈のテン場で宿泊だ。そこまではくだらなければならない。僕は山をあまり知らない。だから正直なめていました。この道・黒戸尾根を。痩せ尾根を降下していくとところどころ鎖場が現れるようになる。重たい荷物を背負いながらの下りは足に来る。ひーこら言いながら下山しつづけること2時間。ようやく七丈のテン場に到着した。激闘の黄連谷を終えこの山行最後の一晩。1本800円の高級ビールで乾杯!身に染みる~!!鳳凰三山を眼前に日没ともに眠りにつく。相変わらず寝たり起きたりと浅い眠りだが達成感と満足感で胸いっぱいで眠れないというのもあった。
翌朝、最終日。昨夜半より強風吹き荒れ朝方日の出の頃まで暴風となった。早く動いてもどのみち今日は下山のみ。朝4時起床でのんびり準備他のパーティーは日の出を見ないようだ。
暴風吹き荒れ寒いのでテント内で朝食。着替えやらなんやら済ませるといつの間にか東の空は赤くなっていた。出発の準備を完了し歩き始めるとほどなく日の出。何度見ても山の日の出は気持ちがいいもんだ。また、紅葉の深まる季節森が焼けるようで美しい。いくつか梯子や鎖場をやりすごし痩せ尾根を超えぐんぐん高度を下げる。さすが黒戸尾根。簡単に下山させてくれない。やっとの思いで下山し所要時間を見るとコースタイム通り。最後に尾白川にかかる吊り橋を渡り竹宇駒ケ岳神社に帰着する。旅の無事を報告し感謝の意を表し駒ケ岳神社を後にする。試練の山行はこれにて終了!日向山登山口にデポした車を回収し温泉&昼食を済ませ飛騨と東京に別れた。
鳳凰三山と日の出

黒戸尾根下部は美しい雑木林が広がる

尾白川の吊り橋を渡る

竹宇駒ケ岳神社にお礼

今回の山行は非常に挑戦的であり、自分たちの実力からすると少し背伸びした感が否めなかった。大きなけがもなく無事に遡行が完結出来たのは自分たちの実力のみならず良好な天候、そしてそれも含めた強運出合ったのだと思う。一歩間違えば死んでいた場面があったこと。でも結果的に”生かされている”こと。その意味を改めて受け止める事でこれからの人生の励みとしていきたい。視野を広げる旅は大いなる学びと経験を与えてくれる。今回の山行も中身の濃い1ページとなって刻まれた。されど僕たちの旅はまだまだ終わらない。そうこの狭い小坂の地でさえまだ見ぬ世界がある!僕は欲張りだ。つくづくそう思う。まだ知りたい。もっと知りたい。小坂も御嶽も南アルプスも・・・。命の続く限り、自分の手と足が届く限りその先を求め続けたいと思う。
まだいける。そのさきへ。
【1日目】7:35尾白林道ゲート→8:56入渓→11:26黄連谷出合→13:48右俣出合→13:53終了
【2日目】6:31出発→6:40奥千丈の滝→7:27奥千丈の滝上→9:08 3段60m滝→11:42甲斐駒山頂→15:00七条小屋(テン場)
【3日目】5:25テン場出発→9:36竹宇駒ケ岳神社


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