2021年9月18日土曜日

大菩薩嶺・泉水谷小室川

 時は明治。すでに日本の中心は東京に移り変わり人口集中が著しい大都市となっていたことだろう。時の東京市長尾崎氏はその状況を憂え、自らの足でこの奥多摩・奥秩父の山域を踏査し、東京市民の水源たるこの山林を将来のために今保全し、水源を確保しなければならない!と決意し、これらの山林を東京市の管理すべく英断を下したがために、現在に至っても東京水道局がこの地方の山林を直轄している。

そんな東京都民の水源を担う森の源流の沢、今回僕たちは足を運んだ奥秩父の名峰大菩薩嶺東面の丹波川支流、泉水谷小室川谷。谷の両岸は見渡す限りの広葉樹の森。針葉樹はといえば時折ぽつぽつと混じる程度。晩秋ということもあり沢筋の落葉も著しく、そのせいか空はより明るく感じられた。しかしながら沢は西を向き、かつ、谷は深く切れ込み日照がほとんど得られないため対照的に沢床や側壁を構成する岩石は黒く、陰湿な沢色を示している。

今回はそんな秋深まる奥秩父の”想いの詰まった”山・川・森を堪能した。


道の駅たばやまに深夜入り。満点の星空で良く冷え込んでいる。やはり10月も下旬になればさすが奥秩父とはいえ沢登のシーズンも終わりに近づいている。翌朝も快晴!しかし気温は上がらない。今日は沢泊なので時間もたっぷり。しっかり日が昇った7時半に国道脇の駐車場をスタートした。
駐車場から少し下り三条新橋より林道を小室向いまで30分ほど歩く。いよいよここから入渓。
以前は橋が架かっていたようだが近年発生したと思われる大水の影響か橋はないし、谷も少しあれたような感じを受けた。しかしながら暗くて寒い谷底。この時期の沢登りは最初に水に足をつけるのが怖い。今回は時期も遅いしヌメリも強いだろうと予測し久しぶりのフェルトソールをチョイス。入渓点は日も当たらないためかヌメリもなくむしろラバーでも行けた感すらあった。


フェルトソールの効きはまずまずだがふだんラバーなだけにいまいちフリクションに自信が持てない。最初の滝は一見すると直登は難しそうで右巻き。巻といっても右壁を直登するような感じ。ルートにはボロイFIXが垂れ下がておりあまり体重はかけたくない代物。できるだけ使わないように登るも、足のフリクションを信じきれないのと荷物が重いのもあいまってこの谷最初で最後の冷や汗をかいた。個人的な核心部は振り返っても最初の巻だった。

その後も滝が連続する。直登できるもの、巻くもの、色々出てきて飽きない。ゴルジュ状の水路を前衛フェルトソールではへつりに失敗しドボンする絵が浮かんだこの滝は右巻き。小さく巻いたつもりが渓に戻るために5mほど懸垂を要した。
本当にこの谷は適度な間隔で滝が出てくる。そしていつまでーも続く両岸の広葉樹に癒されながら進む。そして本日の懸案その一、S字峡がやってきた。深い釜を持った小滝を前衛にどうやらその奥はゴルジュっぽい。夏なら水泳でとりつき水線突破も面白そうだけどもちろん泳ぐ気などさらさらないので左巻き。一段上がったテラスの上にはハーケンや残地シュリンゲが多数。どれを使うかは気分次第♪どれもなかなかの見た目。谷へは垂壁を5m弱の懸垂で降りられそうだが完全に支点に体を預けるのでハーケンをハンマーでたたいて確認。これならいける!という組み合わせを見つけ出しゴルジュ内へ懸垂で降下。ロープを引き抜けばもう後戻りはできない。

このゴルジュ、小ぶりだがなかなか迫力がある。今日は水が高くないのでいいけど水量多いとかなり大変だなって感じの狭まり方。このあたりからヌメリが気になりだしたがフェルトが功を奏して難なく突破。
S字峡を越え、次なる関門、石門の滝。ここで言う石門はこの滝を越えた先にある奇観。10mそこそこの左壁がどうやらラインのよう。ここは荷を下ろしロープを引いて登った。
上部にはいかにも滑りそうなつるっとしたフェイス。残地ロープはあるものの例にもれずボロイ。これに体重はかけられないということで細かいステップを拾い上部へ抜ける。ボロFIXの結び元を見てみると木の根に取り込まれもう自然に還ろうとしている代物!荷揚げの後大事をとってケンタローをビレイ。振り返ってみても技術的な核心部はこの滝かな。とはいえラバーソールならなんて事の無い登攀ですけどね。
そして現れた石門。写真で見てそうぞうしたよりも一回り大きく感じた。もちろん中を通ってみました。谷はいったん緩やかになるもののまだまだアトラクションは続きます。


はい、出ました、名物”小室の淵”一見して決定。「もちろん巻きで。」右岸のテラスへ上がりゴルジュ内をのぞくとCS滝を前衛に谷はグッと狭まり出口にはいかにも悪相の滝。これを水線突破するイメージが全くわかない代物だった。
小室の淵を巻き終えるといよいよ本日の行程も終盤にかかる。と同時にこの谷の白眉と称される連瀑帯に突入するのである。
雨乞いの滝を前衛に3段40m滝が現れた。雨乞いの滝を左からやり過ごし二段目の釜に降り立つ。
2段目の釜は恐ろしく深い。この谷一の深い滝つぼ。2段目を右から巻き気味に登るといよいよ最難関と称される3段目。傾斜の緩いスラブ滝ではあるが抜けが立ち上がっているのが見て取れた。

とはいえしっかりFIXが張られておりそれを握って登ればもちろん何の危険も感じずに突破できる。抜けの部分だけはフリクション勝負なのでここだけはFIXが欲しくなるが気合で突破。これで本谷の核心部を全て突破したのであとはのんびりかー、と油断していたところに大きな滝が現れた。

10m×2段のセット。しかもなかなか立ってるじゃないですか。一段目は左からが定石か。2段目ははっきりとわからない。一段目を登り終えてルートを探っていると左岸をロープを伸ばして登る2名パーティーが目についた。待ってもいいけど寒いし、なんだか時間がかかりそうだったので左の樹林に突っ込んで高巻くことに。樹林の中には踏み跡がありあっさり巻き越えてしまった。これで本当に終わり。ほどなく二股にビバーク適地を発見。時間は14時。少し早いけどここで今日は終了。薪を集めて火が起きた頃に先ほどの2名パーティーが追いつく。どうやら今日は詰めて三条橋まで下るようだ。きっと到着は日もどっぷり日も暮れた後だろうな。

薪も豊富。ロケーションもまずまず。盛大に焚火を楽しみ快適な夜を過ごすことができた。

明けて二日目。すっかり水量も減り源流の様相。同時にヌメリがえげつなく、ここにきてフェルトを選んだことが吉と出た。ナメ滝やちょっとした滝の上りも赤茶のコケが覆っておりラバーだったらハラハラするようなところもスイスイ行けちゃう。いや~快適快適。
とはいえ詰めが近づくにつれ傾斜も上がり水が枯れた最後の背の低い笹薮の詰めあがりにはひーこら言った。
登山道に詰めあげると目の前に富士山どーん!僕の詰めあがり沢の一二を争う絶景のエンディング。ここで沢登りは終了です。富士山を見ながらしばし休憩。沢装備を解除しここからは下山モード。

下山途中に大菩薩嶺のピークハント、今回も沢からの百名山ゲット。
あとはながーい、ながーい下り。いつもそうだけど沢からのデカイ山の詰めは下りが核心だと思う。登山道が終わっても林道歩きが延々続く。辟易しながらも、泉水谷の本流沿いに続く道すがら足元の渓谷美に癒されながらなんとか気力を保ちながら下ることができた。泉水谷本流にはいくつものナメや大きな滝もかかり小室川谷よりも迫力がある。本流の丹波川もそうだがゴルジュ具合がえげつない。いつか機会があれば夏場にウェット着てキャニオニングしてみたいような場所であった。

今回の沢旅に奥秩父の神髄を見た気がする。深い広葉樹の森、そこから流れ出る豊富で清冽な水。都市部近郊にこれだけの茗渓が残されていることに感動する。どうかこにお景色が次世代にも、その次の世代にもそのままの形で引き継がれていくことを切に願ってやまない。

2021年9月10日金曜日

温故知新 ~常念岳・一ノ俣谷遡行~

 22歳で本格的な沢登りをはじめた僕。すべての動機は”小坂の瀧”その写真集の滝を自分自身で”ナマ”に出会うためだった。全面戦闘態勢で初めて触れた小坂の瀧、いや、小坂の渓谷で受けたその衝撃・激動・感動は今でも僕の中にしびれを伴い思い出される。これはやっかいなことに中毒性があるのだ。そう、いつしか僕はそんな魂の揺さぶられる”しびれる”体験を求めるようになっていた。




そんな小坂の”瀧”あらため、小坂の”滝めぐり”が僕のライフワークとなり、盛夏はシャワクラに明け暮れ毎度気づくと9月も終わりになっている。そんな沢のシーズンも今年、2020年で8度目のシーズンオフを迎えた。そして気が付けば僕も37度目の誕生日を迎えていた。年を重ねても止むことのない探求心と小坂の瀧への愛はますます募るばかり。

9月の末、僕は仕事を片付け夕食を済ませ今朝と同じく家族に再び「行ってきます。」と告げ一路車を安曇野に住む貝山氏のもとへ走る。通いなれた国道41号線を北上し高山へ、そこから東へ進路を変え松本を経て安曇野へ至る。すでに時刻は21時を回っている。

僕が22歳の当時、K山氏は27歳。お互い20代の独身だった。15年を経て家族が増え、今ではお互い2児の父。そんないい歳したおっさん二人で今回計画した沢遠征。

そうそう、沢遠征はそもそも普段慣れ親しんだ小坂の渓谷を離れ、他の山域の深山名渓に触れることで小坂の渓を客観的に見返すための価値観の発見が目的の旅であったわけで。

でも今となってはそもそもの目的よりもむしろ、沢そのものを楽しみたい、端的に言えば日常生活から離れ、どっぷり沢生活に浸り、俗世間から距離を置くことによって鈍っていた感性を磨きなおす(言い換えれば今の自分を顧みる)ことが目的となっていった。やわらかく言えば、「キツイのはほどほどにのんびりいこまーい!」というこです。そう、ここらで軽く一休みが必要なんです。僕たちにはね。


北アルプス南部の盟主槍ヶ岳に水源を発し、常念岳に至る稜線からすり鉢状に広大な集水面積を誇る梓川源流の一ノ俣および二ノ俣。その水は蒼く清冽で、その流れは花崗岩を磨き上げ白く輝く石とコバルトブルーの水の織りなす世界はさながら宝石箱のような渓谷美を醸し出していた。



僕たちは今回の遡行にそのうちの一つである一ノ俣から常念岳に詰めあげるクラシックルートを選んだのであった。このルート、かつては常念岳西側から直接アプローチする登山道として渓谷沿いに黒部氏もの廊下よろしく水平歩道が括り付けられた登山道が伸びていた。ただ廃道になってから半世紀以上経ち、登山道は自然に還っているらしい。

文字通り雲一つない秋晴れ、寒さすら感じる早朝の上高地バスターミナルに降り立った僕たちは久しぶりにアツイ沢旅に胸を膨らませながら長ーいアプローチ(10km)を黙々と歩みを進めた。

横尾を通り過ぎ、梓川も源流の様相を呈してきた。歩みをすすめ少々長すぎるアプローチに辟易しかけたころやっと一ノ俣橋に到着。時刻はすでに10時半。やっとここからが待ちに待った”本当の”スタート。沢支度はいつも楽しい。登山用靴下から沢登り用のネオプレンソックスに履き替え、渓流スパッツ、ハーネスにジャラ類をぶら下げ、ヘルメットをかぶり、あごひもを締めれば気持ちも自然と引き締まる。さぁ、ここからが本格的な沢登りのスタートだ。


歩き始めてすぐに釣り師に出会う。しかも外国人。よく見ると右手に何やら腕章をつけているようだ。すれ違い際に挨拶すると、流ちょうな日本語で「私は環境省の調査の一環で来ています」との返事が。確かに環境省の腕章をしていた。魚類の生態調査のようだ。


外国人調査釣り師と別れずんずん沢を進んでいくと最初の滝が現れる。前述の通りこの谷、もともとは常念岳への登山道として使われたのでもれなく滝に名前がついているわけで。最初に出会った一ノ俣F1は二段の滝と呼ばれている。遠巻きには1段で直登可能な滝に見えたが、なるほど、近寄ってみると二段あって両岸割とつるつるで直登は難しそう。個々は迷わず右巻きで。巻きは滝横のルンゼを詰める。すると詰めあがった先には踏み跡がみられる。踏み跡にしては高規格。多分登山道の名残かな。続く七段の滝まで左岸につけられた登山道の名残をたどる。七段滝の前衛は一見すると右岸に活路を見出せそう。しかし水流際でヌメリが気になり、ここを突破する気力もないのであっさり右巻きへ。ただこの巻きは前述の二段の滝のようにルンゼから上がるのだが上部がもろく悪い。落石しないよう配慮しながら上流へトラバース。意外とデリケートな高巻きはいいアクセントになった。



ここからがある意味ハイライト。眼下に七段滝のゴルジュを見下ろしながら旧道の岩切道を進みます。ネイリングされたボルトやチェーンが今なお残り、やたら登山道臭い。大きく右折するところで展望が開け向かいの穂高の山並みが美しい。その後谷に復帰したら一ノ俣滝はすぐそこ。名のある滝だけに立派な風体。その後支流にかかる山田の滝を見送ると、いよいよこの谷の盟主、常念の滝に出会う。この滝は本流にかかる小滝とそれに似つかわしい大きな滝つぼ、そして側壁に白い布を垂らしたように優美な常念の滝が紺碧の空から落ちている。その光景はこの世の眺めとは思えないような絶景で僕たちを魅了してくれた。



ただそろそろ僕たちも歩き疲れた。今宵の宿を求めふらふらとさまよい、やっとの思いで奥の二股にたどり着く。今宵はここで幕。長ーい一日を至極のビールでねぎらう。やっぱこれでしょ。酔いも助けてか、シュラフにくるまりすぐに眠りに落ちた。

目覚めて翌朝。目指す常念岳はもう目前。すでに源流の様相で地形図からみてもほとんど滝といえる滝は無いはず。ただ、ここからヌメリとの闘い。以上にぬめる沢床、両岸から張り出した背の低い樹木に行く手を苛まれながらじわじわと歩みを進める。スタートから1時間で常念小屋へたどり着く。そこから常念岳のピークへ。歴史の道をたどり常念岳の頂きにたどり着く。そう、このプロセスにこそ意味がある。ピークを踏み、山頂直下でK山氏がコーヒーを淹れてくれた。これぞ至極の一杯。足下に歩んできた流程が見える。いつもそう、こんな長い距離よく歩いたなーって思う。そしてちょっと満足感に満たされる。それでいい。それがいいのだ。休憩を終えこれで僕たちの今回の山旅は終わりを告げた。下山路は長野に住むK山氏は三股へ、岐阜に住む僕は上高地からバスで平湯へ。それぞれの帰路を別々に帰る。山頂で「お互い元気でまた会おう」そんな別れもなんだかしゃれているな、そう思いながらお互い背中を向けて別々の方角に向けて歩き出す。



蝶ヶ岳へのアップダウンのある縦走路をひた歩き、横尾へ下る。横尾からも無論長い林道歩きに閉口しながらも無事に上高地BT到着。達成感はあまりなく、むしろ倦怠感だけが残る。常念岳頂上でこの遡行が終了しているだけに長すぎる消化試合には何の楽しみもない。新型コロナウィルス感染対策など無い満員のバスに揺られながら平湯にたどり着き僕の今回の旅は終わった。

梓川一ノ俣は良い沢ではあった。ただアプローチが長すぎること、それに比べ沢の距離が短いことなどから遡行対象にはなりづらい沢ではある。が、しかし歴史を感じノスタルジ―に浸るにはうってつけの沢ではあった。お勧め度は低いけれど北アルプスの古道マニアには是非一度登っていただきたいルートではあるかな(笑)