2015年5月27日水曜日

小坂の滝 濁河川本谷中流部まで その2

13時過ぎの出発ということもあり気温も高め。心地よく遡行していたのもわずかな時間だった。
谷の中の気温は完全に日照に支配されている。月の世界では昼と夜の差が100℃?あるそうな。まあそこまではいきませんがお日様のパワーは偉大であることに気づかされます。核心部のゲート状2段5m滝で時刻は15時。がんがん泳ぎで突破してきた僕たちにとって陽の光もささないマイナスイオンの爆風吹き荒れる滝壺はまさに”窮地”でした。寒さでかたまり動かない体に、魔法瓶に入れてきた”アツイ”生姜湯を注ぎ込み活力を得る。アツさを取り戻したぼくたちはなんとかその窮地を乗り切り、ほどなく平穏な河原へとたどり着いた。ここを今夜の寝床としよう。はじめての沢泊は新鮮そのもの。釣果は不振、が、焚火を前にビールがすすむ。「あ~幸せ!」ココロからそう思えた。ひと気のない、ただ、沢のゴーゴーと流れる水音だけが漆黒の闇の中に延々と響き渡る。そんな野外生活の夜は深まり、気づけば時刻は9時。野外生活においてはもう十分深夜だ。てなわけで夜更かしもそこそこに就寝。高揚感や不安で寝つきはあまりよくはない。明日はどんな一日になるのだろうか。

テン場は快適!さあ朝飯を済ませて出発だ!
 
かんたんな朝食を済ませ2日目のスタート。遊歩道を経由して根尾滝までたどり着く。ここはいつも見慣れた光景だ。しかし今日はこの滝を越えるぞ!と意気込んで臨んでいる。落差63mの直瀑。僕の人生の中においてもこれだけの大きな滝の高巻きは初めての経験。どこから巻こうかと思案しながら取りあえず接近しながら考える。滝の50m手前の草付のルンゼはどうみても踏み跡がある。もしやこれか?ということで早速登り始める。斜度は急だが登高には問題ない。汗だくになりながらどんどん高度を上げる。100mくらいかな。ほぼ垂直に登って来る。途中笹薮に突入しこの先は泳ぐように藪漕ぎ。このまま果てが無いのかと思うとビニールのテープが!これを少々辿っていくと人工的な石積みを発見。これをのっこすとビックリ!軌道敷きじゃないですか。
 こんな山奥にこんなものがあるとは・・・。とはいえ平らで歩きやすいのでまんまと利用。少し行くと沢床が近くなり根尾滝を巻き切ったようだ。実に1時間半。体力と気力を消耗する大高巻であった。ゆるやかなところをえらんで降りるとそこには意外な光景が広がっていた。
 根尾滝の上は今までの渓相とは明らかに異なり、板状節理が重なり合い、水流に洗われた岩肌は黒光りしている。まさに”溶岩流の谷”にふさわしい渓相である。
その自分にとっての”異次元”の光景にしばし見とれ、そして人間の気配の一切しないその原始の風景の中に今こうして自分が自分の足で到達したことに対する喜びで満ち溢れていた。達成感。まさにその言葉がぴったりである。ただそれはここで遡行が終わり、車に乗って帰るだけ♪というような状況であったとすればである。ここからが”本当の試練”の始まりである。
 
ここからはまた次のおはなし。
 





2015年5月23日土曜日

小坂の滝 濁河川本谷中流部まで その1

5月も後半にさしかかりいよいよ気温も25℃を上回る日がちらほら出始めた今日この頃。水温はいかに!?と温度計片手に職場であるビジターセンターの裏手を流れる小坂川本流の中ほどまでひとっ跳び。水流に温度計を浸すこと数分。数値は下げ止まり、デジタル表示を確認すると”11.5℃”う~ん。まだまだ泳ぐには・・・。でも黒部川上ノ廊下の最高水温9.5度に比べれば随分暖かい?水温には過敏になる。その記憶の原点は最初の泊りの沢登にあります。来月久しぶりに”未知”の沢への挑戦を控え、その当時の記憶を水温計が呼び覚ましてくれました。
鮮烈な体験は色あせることなく、ちょっとしたきっかけですぐにでも蘇って来る。今日はあの時の話にしましょう。初めての泊りの沢登。濁河川下流部から中流部までの遡行記録を備忘録までに・・・

日本の滝百選・根尾の滝。その先につづく世界へ
初めての沢から時を経ず、2年目の夏には泊りの沢旅への挑戦心が湧きたった。今回最初の泊り沢としてターゲットとしたのが僕たちの目指す兵衛谷とやまひとつ(正確にいうと溶岩台地を経ているのですごく近く)を隔てて流れる濁河川本谷の遡行をチョイス。ただ僕たちの知っているのはがんだて公園から根尾の滝までの区間のみだった。そこからはいわゆる”未体験ゾーン”
一日で貫徹できるルートのようだが余裕をもって2日間。むしろ、あえて沢泊を体験するために短めのルートを選んだ。AM10:30道の駅にてK山氏と合流。ここから車を終了点へ移動(デポ)さらに入渓点まで戻るというひと手間。結局入渓点のがんだて公園にもどるころにはPM12時を回っていた。おにぎりで軽い昼食を済ませ、沢支度を始める。最初のころとは違い、沢登専用の装備(ラッシュガードや薄いウエットスーツ地のシャツ)などに身を包みハーネスやザイルなどの登攀具もそろえた。またしても準備万端だ。それに加え今回は1泊分の食料と寝床(テント)もある。極力荷物をそぎ落としせいぜい10kg程度まで各自荷物を削った。さああとは行くだけだ!忘れ物は無いな?そんなチェックもそこそこに闘志をみなぎらせ出発した。キセキはここから始まる。この時は何も知る由などなく・・・。

後半へ続く!!

2015年5月12日火曜日

小坂の滝 濁河川本谷編 その2

滝めぐりを主軸としながらも活動の幅を広げることも視野に入れて色々と試していると、本来自分が大切にしていていちばん伝えたいものが何だったのかふと「目を切る」瞬間、いや「間」があることに気が付きました。中心にあるものそれは「魂が震える体験」。野生の中に身を置き一昼夜そこで過ごすことで野生に還っていくようなそんな体験。威圧的な側壁に遮られ昼なお暗い谷底で進退窮まるあの恐怖。おひさまの光がたまらなく暖かくて地球に生まれて良かったとさえ思うようなそんな喜び。全てが魂を揺さぶる体験。その原点を振り返り文章化することで頭と気持ちを整理し明日への原動力としたいと思います。
さあ、逃げ場はないぞ。越えていけ。


さて、前回の続き、ここから始めます。

準備万端で臨んだはずの沢登。巌立を下から見上げ入渓した濁河川本谷は思いのほか明るい谷だ。中学生の頃引き返した地点を過ぎると正面に岩壁で囲まれた大きな渕が行く手を遮る。開始から30分。最初の泳ぎである。この泳ぎはわずか10m程度ではあるが水深は計り知れぬほど深い。(透明度の高い水ですらそこが全く見えない)その上を泳いで通過するのはある種”度胸”が居る。また、真夏とは思えないほどにキンキンに冷えた水がおへそを越すと心臓がバクバク早打ちし始める。のっけかから”恐怖”を覚えた。しかしここで引き下がるわけにはいかない。思いを決めていざSwim!リュックサックを担いでの平泳ぎは初めて。ウエストベルトを着けていたせいもあり頭が押さえつけられ泳ぎにくい!そして水面ぎりぎりから見える水の色の変化の怖いこと!青⇒蒼⇒藍⇒黒⇒漆黒・・・。下から足を引っ張られないのがおかしいくらい不気味な水の色にいやがおうにも胸が早打ちする。そんなダブルパンチで必死の思いで岸に着いた時には猛ダッシュした時なみに息が上がっている。最初の洗礼は強烈で今なお脳裏に鮮やかによみがえる体験であった。
最初の洗礼(※写真は初遡行時のものではない)
はじめての遡行、初めての泳ぎ、初めて味わう恐怖。全てが新鮮。この時、この瞬間沢登の世界にのめりこむ、その扉が開いた。この鮮烈な体験を皮切りに遡行の楽しさは増し続けた。出てくる渕は積極的に泳ぎ抜け、岩壁はきわどくヘツりを交えて越えていく。小さいころから野山、河原で遊んだ経験が100%活かされている。体の中に眠っている野生が蘇り、そして同時に童心に還る。日常生活では決して体験できない経験だった。そんな楽しい遡行を続ける事3時間。柴巻の滝という(その後数年たって初めてその滝の名前を知った・・・。)落差4m程度の非常に大きな釜を持つ滝に出会った。ここまではいたって順調。ここで終われば沢登って明るいイメージで超楽しい!で終わったと思う。ここからが沢登の恐怖、そして真の愉しさが待っていた。
柴巻の滝(写真は当時のものではない)
この柴巻の滝を越えると突如として谷はその姿を変えた。さっきまでさんさんと降り注いでいた日差しはどこえやら谷はひるまとは思えぬ暗さに。その原因は谷を囲む側壁の高さ。覆いかぶさる(?)ようにさえみえる岩壁に完全に威圧された。次第に谷は狭くなりついには完全にゴルジュ。(両岸切り立ち長い淵になっている場所)正面に1m程度の小滝はみえているが谷の水量をぎゅっと集約したその流れに歯が立つはずもなく押し流される。活路は右岸の岩盤か。胸ぐらいの高さに水中から這い上がるのは至難の業だ。気合で何とか乗り越えたもののその先が問題だった。岩盤で囲まれたホールのそこは泡立つ水たまり。退路は往路を引き返すしかないが夕暮れになってしまう。突破口はただひとつ。正面に鎮座し行く手を遮る5m2段の強烈な水流を落とす滝。正直絶望的な光景だった。なんの登攀具も技術も発想ももたない僕には活路すら見いだせない。寒さのせいか身震いが止まらない。思考がまとまらない。今思えば低体温症の初期症状だったのかな。取りあえず滝の登れそうな場所を登ってみると滝の落ち口で行き詰る。足元はゴーゴーと轟音を立てて白竜が滝壺めがけてうごめいている。水流で磨かれた岩壁はつるつるして手がかりもない。足場はあるがそこに重心を移すと上体がが岩に押され滝に吸い込まれそうになる。必死で指のかかりそうなクラックを探して手探りしていると人為的に撃ち込まれた金属を発見した。ハーケンと呼ばれる岩に打ち込んで確保に使う金具のことで頭にはカラビナをかけるための穴が空いている。「これでいける!」と思い人差し指をそのわっかにつっこみ全体重をその金具(わずか2cm程度の頭)に預ける。1m先にあるその足場は近くて遠い。ジワりと体重をかけ安定した体制に乗り込めたときの安心感は半端ない!生きていることの実感。難所を乗り越えた安心感、そして何より達成感!この瞬間は忘れ得ない。
緊張のテラスを越える
その後の記憶は定かではない。寒さのせいか達成感のせいか。根尾滝遊歩道の急登を登り切り
デポした車へ。遡行の終了。スタート地点であるがんだて公園に帰着した時には放心状態だった。あまりにも色濃い一日(正確には半日か)これが僕の沢登初体験のエピソード。

それからというもの毎年この谷には”練習”と称して通い続けている。通算10回以上。たぶん人生でもっとも通っている谷だと思う。大きな谷の下流部だけに変化が大きく飽きないのがこの谷の魅力か。その当時、K山氏と抱いた目標。いつかここ抜けて御嶽山に至る!その夢は意外と長い時間を要する事になるがそれはまた別の話。今日はこれくらいでご勘弁。また気が向けばまたお話しましょう。

さて、5月は足早に駆け抜けていく。6月からは小坂の沢登シーズン到来です!!
ぼちぼち仕事もがんばるぞ!!

2015年5月10日日曜日

小坂の滝 濁河川本谷編 その1

「小坂のは落差5m以上の滝が216ヶ所あります。」こう言ってしまえばたった1文で終わりますがこの1文の中に沢山の人の関わりドラマが存在していることを僕は知っている。

遡る事約30年。僕が生まれた年に「小坂の瀧」という1冊の写真集が発行されました。小坂の瀧魂というこのブログタイトルはこの写真集から引用しています。「滝」じゃなくて「瀧」ってとこが大事です。昭和56年から始まった上野銀松氏を筆頭とした小坂の瀧調査委員会による御嶽山麓に広がる未遡行の谷の踏査により160を越える滝を確認しました。10年後に第二回調査が行われ200を越える滝を発見しました。これによって小坂にある滝の数が明らかになったのです。その後時は立ち2006年これらの滝を資源としてとらえ、また、案内人の要望の高まりなどを受け桂川淳平氏がNPO法人飛騨小坂200滝を設立した・・・。

というストーリー。これでもまだまだ短いくらい。ここに携わった一人ひとり、のべ何名くらいの方がたずさったのか。厚みがハンパない。この「小坂の瀧」に込められた「魂」は継承していく必要がある。そんな思いから微力ですが活動続けているわけです。


というわけで、小坂の滝めぐりだけではわからない小坂の瀧の魅力をこのブログを通じて発信していきたいと思います!僕自身まだ216か所行ってないので自身の備忘録も兼ねて遡行記録も紹介します。まずは第一弾。僕の中でも特別な思い入れのある谷、濁河川本谷編。じつはこの谷の下流部には落差5m以上の滝はありません。つまり216ヶ所には入っていないんですね。でもここには思いもよらぬ大冒険がつまっていました。


中学生の頃、巌立までチャリで行きそこから河原に降りる。巌立を挟んで三ツ滝の遊歩道と反対に伸びる遊歩道の無いその谷には何があるのか知りたくなった。好奇心だけでその谷を遡ると今まで経験したことの無い大きな角のある転石が散らばる河原にビビリ、動物的直観で「これ以上はやめておこう」と引き返した。そんな思い出のある谷だ。大人になり、ますますその場所への関心が高まり「あの続きを見たい」と強く思うようになりそのすべを探り出した。行きつく先は「沢登」というスタイル。これが僕と沢登の最初の出会いでした。そのためにはまず装備!という胆略的決断で初任給のほとんどを費やし装備を整えることにした。沢タビ、半袖のウエットスーツ地のTシャツ、指ぬきグローブ、沢登用ザック、そのほかに当時ハマっていたキャンプ用品(テントやタープ、コッヘルなどなど)十数万円くらい使い込んだかな(笑)
そんなこんなで自分なりに試行錯誤し「完璧」な装備で沢登を迎えることにした。相棒は頼れる同僚(人生では先輩)のK山氏。これから先いろんな冒険を彼と共にすることになる・・・。
お互いに完璧と思われる装備と心構えでその谷に対峙する。さあ冒険の始まりだ!

ということで長くなりそうなので続きは次回!こうご期待。

2015年5月4日月曜日

春の本番

夏本番という言葉は聞きますが春本番という言葉を聞きなれないのは僕だけでしょうか。

今、まさに春は本番中。というかクライマックスを迎えたように感じる今日この頃です。

 
 

5月2日、溶岩台地の森は新緑が美しい




















GWの頃だけは溶岩台地も行きかう人がいつもの倍?近くありどこかしらに人の気配を感じる。
 
でも僕たちの秘密の野点スポットには風の音や木々が揺れて葉がこすれあう音くらいしか
 
聞こえません。先頭ガイドにお客様を全て任せて野点のセッティングに向かった僕は早々に
 
準備をすませ、”試験”と称して持ち込んだハンモックをぶら下げてみる。





















寝心地は抜群。しばし一人でくつろぐ(仕事中ですが・・・。)
 
お客さんの反応も上々。kおれからのツアーのマストアイテムになりそうな予感。
 
実はこのハンモック手作りです。(スーパーガイド・Mさんのお手製)
 
今度のカフェトレッキングツアーではあちこちでこれを張ってくつろぐ予定です!
 
今の季節森でくつろぐには最適のシーズンです。是非ストレスフルな社会で戦う方には
 
一度森へ足を運びハンモックに揺られることをオススメします。
 
さて、連休も後半戦。がんばるぞ~。
 
 






2015年5月1日金曜日

スラックライン


あえて趣味という言葉を用いて表現する活動が僕の中にあるとすればこれでしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3

仲間たちと「遊びながら遊ぶ楽しみを伝える」ことを口実に始めた”遊び塾”

その中でまず取り入れたのがスラックライン。荷締め用の通称「ガッチャ」という道具を使て

綱(ナイロン製の幅5cm×15mのテープ)を2本の柱の間に張って乗るという至極単純なあそび。

しかしそこがいいんですね。単純ゆえに難しい。最初は乗る事すらままならない!

かれこれ2カ月程度続けていますがだんだん上達(?)していき最近は飛び乗ったり変な姿勢で

バランスとったり(トリックという)を徐々に習得し始めました。

仕事終わりに「部活」感覚でぼちぼちやっています。
















これバランス感覚をきたえるのにすごくお勧めです。

山歩き、沢歩きの一歩の足さばきが変わる気がします。

遊びを仕事に活かす!という口実で趣味を正当化しています(汗)

先日、夕方スラッグラインを3人できゃっきゃとたのしみながらやっていると地元の中学生が

「ちょっとやってく?」と声をかけると駆け寄ってきて楽しそうにラインに乗って遊んでいました。

ストリートバスケよろしくストリートスラックライン。これもひとつのアソビの伝播のカタチかな。

自分たちが遊ぶだけでなく「遊ぶ楽しさ」も伝えていきたいと思い色々なイベントにこれからも

スラッグラインをもって参加予定です!

とりあえず、5月31日(日)は隣町萩原町でのイベント「森の宝島」で出没予定!

おちかくの方は是非この機会に体験してみては??