2015年10月11日日曜日

小坂の滝 兵衛谷完全遡行編 その1

近年恒例となっている秋の遠征を終えその余韻も長引きましたがようやく抜け出せそうです。
黄連谷への挑戦は自分の限界と思っていたボーダーラインを越えたそんなブレイクスルー体験を与えてくれました。顧みて過去にもそんな経験がいくつもあったな。小坂では兵衛谷にずいぶん鍛えられました。この機会に今日は兵衛谷についてお話ししましょう。兵衛谷には人生半ばにしてすでにかなりの”情熱と時間”を費やし、思い入れの深い場所となっています。ゆえに3部編成でおさまるかな・・・。それでははじまりはじまり~。

これから始まる冒険の舞台


兵衛谷は小坂の谷の中でも特別な場所です。下流部の陰鬱なゴルジュ帯、中流部の絶壁に囲まれた大滝の迷路、上流部の荒涼とした地獄のような景観、詰め上りのお花畑など変化に富んだバラエティー豊かな谷なのです。僕にとってはただの谷(場所)ではなくもはや”師”のような存在です。幾度となくその懐深く抱かれ、試練を与えられ、越えていく。そんな修行(?)を経験させてもらいました。ただほとんどはパートを切り取っての日帰り遡行。完全遡行の機会を探りながら月日は過ぎていった。
2013年ようやく完全遡行決行のチャンスがやってきた。相棒は沢を始めたころからの同志K山氏。7月の後半、遡行適期に半ば無理やり日程を合わせその日に臨んだ。

AM4時一年で最も日が長い季節だけにすでに白みかけている。挑戦の朝は何ともすがすがしく晴れやかな気分で始まった。早々に準備と簡単な朝食を済ませ待ち合わせ場所である濁河登山口へ車を走らせる。途中御嶽パノラマラインのシークレット(今は公になっているが)展望スポットに停車。車を降りてガードレールを乗り越えればそこは天空に突き出した桟橋。気持ちのいい(高所恐怖症の人には気持ち悪い)場所だ。正面には黒い大きな山体の御嶽山を望む。眼下には底知れぬ深い谷が見える。「この谷を歩いてあの山のてっぺんまで行くのか~」これから始まる挑戦に武者震いした。よっしゃ気合入ったぞ!車に乗り込みだれも通行していない早朝の山道を集合場所めがけてかっ飛ばす。

AM5時濁河登山口に到着するとK山氏のジムニーを発見。東京から前夜入りして仮眠しているのを起こすと、どうやら寒さであまり眠れなかったようだ。夏とはいえ外気温は10℃程度。車中泊でも暖房が欲しいくらいの気温だった。いつものように作戦会議しながら準備に入る。天気予報を見ると今夜は雨。明日も曇りの予報だった。3日目は雨か曇りか・・・。今回の遡行、あまり天気には恵まれそうにない。それならばということで当初はがんだて公園より遡行開始し賽の河原まで2泊3日で抜ける予定をしていた。しかし今回は天候の悪い事を理由に1泊2日で抜けてしまおう!ということに。この時点でがんだて公園より濁河本谷を遡行し兵衛谷を遡行するプランから3km4時間を省略するために根尾滝遊歩道より直接兵衛谷に入渓する選択を取った。とはいえ2泊欲しい距離。(総行程約23km)それを1泊でこなすにはスピーディーに切り抜けなければならない。すなわち荷物も大幅に軽減が必要だ。あれはいらん、これはいらん。時間ももったいないのでサクサク選別。しかしこればかりは悩んだ。

僕:「ビール2缶どうする?」K山氏「うん無しで行こう」、僕「・・・」仕方ありません。完全遡行のためならば!(泣)ってちゃっかり焼酎は200ml持って行ったけどね。

濁河登山口・概ね10kg以下の荷物に軽量化!

準備を済ませいざ出発。登山口に1台デポしもう1台で出発地点である根尾滝駐車場を目指す。時刻は6時過ぎ。御嶽山より朝日が昇る。陽の光に照らされ体温も闘志もテンションもあがって来た!根尾滝駐車場にはAM7時には到着。沢装備に身を包みハーネス装着。ジャラ類もぶらさげ(使わないけどね)最後はライジャケをリュックにくくりつけ完成!そう。この谷ではスピードを重視するとき泳ぎは必須課題なのです。積極的に泳ぐことで高巻きを省略し最短距離で進むことができる。ライジャケは浮力があり保温効果もあるためサイコーに頼りになる道具だ。さて、通いなれた根尾滝遊歩道を谷底向けてガンガン下る。谷音が近づくにつれ鼓動も高鳴る。心地良い緊張感だ。

いざ入渓。兵衛谷出合。初めてこの場所に立った時の緊張感が蘇る。それは今回よりもずっと前の事。良く晴れた6月・早春のころ初めて遡行した。その時兵衛谷に入って最初に登場したわずか5mの滝に完全に敗退し来た道を戻った。あの時味わった敗北感。そこに当時の僕のボーダーラインがあった。その後同じ滝に何度も挑戦した。時には大高巻したり、時には懸垂下降したり。単一の滝で最も触れ合いいつまでも慣れないそんな”異様”な雰囲気を持つ滝がある。

最初の関門は鬼門のようなゴルジュ。

歩きはじめは明るいゴーロ。1時間ほど歩くと左岸よりシャワー状の10m滝が現れる。この先次第に谷幅が狭まり”核心”に向かう。ここからは上流はほん核的な沢登。一旦入ったら出られない(?)迷宮の入口。谷が左にぐいっと曲がると突如として側壁がせり上がりゴルジュの様そうを呈する。バンドを辿り行きつく先が例の関門5m滝。やっぱりいつきても慣れない。どくとくの威圧感をもつその空間。しかし今回はフル装備で正面突破する気でいるから問題ない。バンドより水面までは2mほど。水深が目測できないほど深く蒼黒い。門のようなゴルジュの出口は懸垂で着水そのまま降りて滝身に取りつく。そのまま流心をひとまたぎし滝身すぐ右岸を直登するのが直登ライン。

ゴルジュ手前の支流の滝



気合十分。補助ロープを出しリードで入水。深い滝壺での泳ぎはいつもぞっとする。距離にしてわずか2m程度の泳ぎだが冷たい水温に一気に体はこう直する。滝身の少し右、岩盤に水中から這い上がる際の体の重いこと!水を大量に含み冷えた体、それに加えつるつる滑る岩肌に神経をすり減らしながら気合で乗り込む。脈が早打ちして若干息が上がったようになる。「あ~快感!」この少し焦る、緊張感。たまりません!ここからは冷静沈着に。後続の貝山氏も這い上がったことを確認しロープを回収。束ねて肩にに掛け、そのまま滝を登攀。右岸は階段上で見た目以上に簡単に登ることができた。

最初の関門・2条CS5m滝は右岸を直登


関門を突破し”兵衛の懐”に潜り込むことに成功した。ここからが本番だ。間髪入れず淵が現れる。もう迷いはない。躊躇することなく泳いで突破。10m程度の泳ぎもライジャケのおかげで楽勝!その後も谷幅は広がる事なく側壁は威圧感はないものの高く谷の深さを感じる。ほどなく地形図にも名前が載っている曲滝(20m)に到着。初めて訪れたのは1年前。写真集・小坂の瀧の最初に登場する滝。「この滝生で見てみたいな~」と思っていた滝を目の前に感無量だったことを思い出した。またも感動している自分に気が付く。やはりいつ見ても素晴らしい。愛でながらも目線は高巻きラインを探っている。滝壺より下流右岸の草付に明瞭な踏み跡有り。上部は少し立っているものの問題はない。滝を取り巻く岩盤の際をコンパクトに巻き上がり落ち口すぐのところに降りることができた。
曲滝を遠望
泳いで突破
しばらく進むと谷はギュッと圧縮され2段の滝となって行く手をふさいでいる。吸口滝である。前衛の3m滝を右岸の岩壁を巻き落ち口に立つ。ここが小核心。ボロボロの残置ロープが垂れ下がっているものの、その姿は「僕君たちの体重を支えてあげられる地震が無いんだな」って言っているよう。そもそも支点のハーケンも効いてんだか。取り合えずフリーで抜けられるか試登。見た目はツルツルで登れそうもないが適度なガバとスタンスがつながり最後はラバーソールのフリクションでバンドに乗りあがる事が出来た。
吸口滝1段目

二段目落ち口より下流を望む。左岸のフェースを登る。


まだまだ側壁は高く人智の及ばなぬ絶壁に守られ両岸の急峻な尾根には原始のままの森が残っている。この巨大な谷に人間のなんと小さなことか。深山幽谷、まさにぼくたちはその真っただ中にいるのだ。

その2につづく。

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