2016年3月20日日曜日

今シーズン最後の冬は御嶽山で。

暖冬続きのここ飛騨小坂。冬をあまり意識することなく終わってしまった感が強い。

おかげで今シーズンの冬のガイドはあまり出番なし。正直運動不足です。

どこか体を動かしに行きたいな~、かつ、冬山も全然登っていないな~ということで行先決定。

思い立ったら御嶽山。アプローチ1時間で登山口って、つくづく恵まれた立地に住んでますよね。

今日はガイド仲間のやっさん、まさこさんに加え、御嶽山をキーにつながったお二人と総勢5名。

久しぶりに賑やかな登山と相成りました。厳冬期とはいえほぼ無風、かつ気温も高いという

恵まれたコンディション。森林限界までは夏道を忠実にトレース。

森林限界からは夏道をはずし継子岳稜線へ向けて急登。固い雪面にアイゼンサクサク食って超快適♪

稜線へ抜けると北西の風が強く吹き抜ける。真っ白な雪化粧の摩利支天山が白く輝きかっこいい。

やっぱこれだね~。苦労して辿り着いた稜線で目の前がパーッと広がるこの快感。やめられませんね。


景色を愉しんだら即下山。登ってきた急斜面を今度はスリップに注意しながら慎重に下山。

「滑ったらとまんね~な」とやっさん。少し傾斜がゆるんだところでシリセードをトライ。

制動を掛けているが固い雪面なので加速していく。

ここで事件が起きた

これ以上は危ないというタイミングで身体を反転してピックを地面に突き刺し体を止めることはできた。

ここまではうまくいったが・・。コロコロコロ・・・・。テルモス転がってるやん。しかも谷底めがけて。

ザックに外付けしていたテルモスは反転した衝撃で飛び出したよう。

「山の神さまに受け入れられるためには大事なものを何かひとつ失うんだよ。」

そんな話を最近聞いたなと思いだし、「山の神さまへの供物だね。」という事で解決!

きっとメンバーの誰も滑落せず無事にけがもなく下山できたのはやっさんのテルモスのおかげだ。

GoodBye テルモス! ThankYou テルモス!! 君を忘れない。

いや~しかし気持ちの良い登山でした。でも天気が良かったからなんとか無事に行きかえりできたけど荒れてたら地獄だろうね。

冬山でも夏山でも気象遭難は避けられる。天気が悪い、荒れた日にはいかなければ良いだけ。

命は大事に楽しくいきましょう!!

継子岳稜線へ直登

まぶしく輝く摩利支天山(継子岳稜線より)





2016年3月13日日曜日

覚悟はあるか

昨年11月より短期決戦で臨んだ日本山岳ガイド協会・登山ガイド資格の取得。

延べ日数8日間の試験・検定・講習を本日ようやく終了しました。

事前の健康診断や移動など含めると多大な時間と冗談では突っ込めないほどの対価を払い

ようやく一区切りを迎えました。順当に行けば(たぶん大丈夫)5月には資格が付与されます。

何のためにこんな資格を取得するのか。

僕たち自然相手のガイド業務には”国家資格”はありません。

そのため多くの既存ガイド団体は自主的な規範の下、任意に民間資格を取得し信用を担保しています。

例えば僕の場合は、日赤救急法・RESCUE3・WMAJなどの資格を有しています。

こうやって資格を取ることは”お客様”に安心感を与える”ための技術や知識を習得することであり、

資格を有する事は”お客様を安全に案内する”ことを保証するためのガイドラインを最低限満たしていることのようなもの。

立ち返って、数ある民間資格の中で何故今、日本山岳ガイド協会のガイド資格を取得するのか。

そこには将来的にこの資格が国家資格になる計画があるという事実が明らかとなったためです。

自然のガイドを志す者にとってこれは大きなチャンスであり同時に”脅威”になりえるもの。

その理由をここで細かく説明はしないけど、いわば資格を有する事は諸刃の剣である。

今回最後の義務講習科目であった危急時対応講習の際、教鞭をとって頂いた山本一夫氏

氏はこの業界においての、レジェンド、いわゆる”偉人”だ。

そんな彼の生き様や哲学に触れる事が出来た講義や情報交換会(?)の中での彼の言葉がいくつも胸に刺さった。

その中でも最も胸を貫き魂を揺さぶる一言が・・・。


「覚悟はあるか」


彼の生き様を知った後、この言葉の重さを知った後にかけられたこの一言、強烈でした。

いままでの僕の覚悟の如何に生ぬるいこと。ガイドとしての責任。これはあまりに重く、辛く、耐え難い苦しみをもはらむ、そんな責務。

僕の選んだ道はそんな道なのだ。そう再認識させられる、目の覚めるような一撃でした。

何度もその言葉を反芻し自分のいままでを顧み、この先をを考える。

決して悲観はしないまでも楽観はできない現実・事実がそこにある。

迷いはないかといえば嘘だ。けれど進むしかない。

そう再決心する今夜。今一度問う、覚悟はあるのか?


その先に何が待ち受けるか。覚悟して進め。


2016年3月1日火曜日

今シーズンの野望!

2016年幕開けから早2か月。

その間今後の野望についていろいろ考え、探し、時には見に行き、また考え、そんなサイクルで

思いを巡らせていました。その中で設定したいくつかの手段・・・。


その①  滝 × ハンモック × 竹とんぼ


その②  空屋 × ツアー × リノベーション


なんのこっちゃい。かもしれませんが今のところ自分の中ではわりとしっくりきてます。


この掛け算を=(イコール)で結びつけるGOAL(結果)はいかに。

全ては行動で示しましょう。現実は世知辛い。思った以上に残酷だ。

けれども、楽しむココロを置き去りにしたらただ辛いだけ。

楽しんでいきましょう。

いや、ぶっ飛んでいきましょう!




2016年1月21日木曜日

今しか見えないかも

今年の所信表明をして以来なかなかブログを更新できずにいました。

今年はちゃんと仕事の方で情報発信しようと思いつきそちらでブログを開設しました↓


暖冬の影響は例に漏れずこの地域にも当てはまり僕の住むこのあたり(標高600m)では

先日20日にようやくまとまった積雪となった。といっても根雪の無い状態で30cm程度。

これからどれだけ貯まってくれるのか。

例年に比べると気温もやはり高い。マイナス10度という数字はまだ見ていないし、

最近になってようやくマイナス5度というのをみるくらい。

「こんな年もあるんやな~」とのんきに構えていたいけれど、結構リアルに死活問題です。

スキー場と同じく僕らもやっぱり雪が必要。

いや、シーズン問わず天候に支配されているのです。

まとめてドン!ってやつは雨にしろ雪にしろやっぱりダメージは大きい。

でもこれが最近のリアル。これからどんどんこんな気候が顕著化していくのでしょうか。

でもこれも自然。僕はそれに寄り添って生きていくことを決めている

けどやっぱり大変ね。常に考えさせられます。うん。

でも今あるこの状況を全て受け入れ、それを踏まえて、のっかって進むしかない。

つまり、なるようにしかならん!ということですね。

50年後この地に氷瀑を見ることができない気候になるかもしれない。

この景色はいまだけかもしれません!そう思うと愛おしい。

見れるうちに見ておこう。この足が動く限り。


唐谷滝

2016年1月3日日曜日

新しき年に誓う

3年前、新しいスタートを切った。


その3年後までにある程度目標を定めていたつもりだったけど今もそれは先送りされている。


そんな2016年の幕開け。


時間は刻一刻終わりに近づいているわけで。


だからこそ確実に毎日前に数ミリでも進まなければ。そんな気持ちでやっています。


ゴールから逆算して明日の一歩の長さを決められるといいのだけれど


そんな頭と器用さの無い自分はとにかく前に行くしか無い。


あとついつい自分一人でやってるように思いがちやけど


とんでもなく大きい力で支えてくれる人たちのおかげで


やっと立っていられることは忘れてはいけない。でもいつかは恩返ししたいね。


迷いは幾分かあるけどどこで意を決するかだけかな。


そろそろいいんちゃうとか、自分に言い聞かせながらその時を探るこの年初め。


さ~て今年もやるぞ!日進月歩のわが息子にも負けないように親父も大きくなります!!




2015年12月28日月曜日

すばらしき小坂の氷瀑たち

天気は晴れ。おまけに冷え込みが激しい。こんな日はサイコーの氷瀑日和。
てなわけで今日は濁河へツアーの下見と称して気分転換に行ってきました。
今年は暖冬の影響もあってか昨年の今頃と比べるとずいぶん温かい(日中マイナスにならない)
そして積雪も半分以下の30cm程度。今年は僕が経験した中で最も雪が少なく氷も痩せている冬だ。
まぁここからどんな風に変化するかは予想するだけ時間の無駄なくらい神様のみぞ知る事。
「こんな年もあるさ。」って思う反面「こんな年がこれからも繰り返し頻度を上げてやってくるかも」って思うほうが大きくなる。自然を相手にする仕事なだけに心配はつきません。
きっと氷瀑もなが~い目で見たら”もう見られない”絶景なのかもしれませんね。
てなわけで温暖化に覆いかぶされる前にできるだけ僕はこの目で、この体で小坂の氷瀧(ひょうばく)に相対したいと思う訳です。
 2月の千畳の滝は威風堂々たる完全氷結。深山の盟主たる存在感。
アプローチがとても長く好条に恵まれないと日帰りでは拝めない。
(この日も相当な好条件で往復9時間だった)
 まさかこんなところに!というのがこの50mはゆうにあるだろう巨大な氷瀑。
実はこれは県道から水平距離で100m足らず。
でもとっても危険なトラバースがつきものなのが難点。
そして極めつけはこれ。巾30mはあろうかというワイドな氷瀑。
色々見てきたけどこれほど見事な氷瀑は小坂にはここしかない(いまのところ)

夏には全く気にしないような枯れ滝や零れ滝が冬には信じられないほど見事な氷瀑になるのが常。
滝という感覚ではなくちょっと視点を変えると新たな発見に出会える。この発見が開館なんですよね~。だからやめられない。春夏秋冬小坂で滝めぐり。やっぱりこれが僕のライフワークだな。

2015年12月23日水曜日

小坂の瀧を考える その1

来年は小坂の将来、いいかえれば自分の将来のひとつの節目になるだろう。最近そんな”潮流”を感じる。僕たちの生きている現在進行形のこの世、平和な世の中だと思う反面すさまじい速さで変化していくある意味”乱世”ともいえる世の中。そんな中、小坂の瀧の存在価値(Value)とは何なのかも一度原点に立ち返って考えてみる必要がある。ちなみにこのブログを始めた時に僕自身のVisionやValueについては触れている。今もそう思って行動している(つもり)”小坂の瀧魂最初の最初の一滴”でもそもそも小坂の瀧そのものはこの世の中の人々からどんな風にみられているのか。何を求められているのか自分なりに考える。

そもそも滝を含め森も川も全部ひっくるめて”自然”はものを言わない。だからどう思っているのかはわからない。でも人間や動物たちはそれによって生かされ、時には殺されたりする。当たり前やけど感情も無いでしょうきっと。それを感じるとしてもきっとそれは人間側の感じ方ひとつ。自然はどこからどこまで行っても自然である・・・。

つまり自然に触れる人の感じ方。それがポイントなんやろうな。たとえば自分はどうやろうか。自然の中に身を置いたときに感じること。

例えば溶岩台地の森ではいつも”安心感”やだったり”やすらぎ”を頂く。

一方、袴滝では気高さを感じ自然の奥深さから”恐怖”だったり”畏敬”だったりを感じる。

さらに、しょうけ滝のゴルジュでは窮地に追いやられた時の”不安”だったりそこを越えようという”高揚感”だったり対峙する自然環境の質によって感じ方が大きく違う事に気づかされる。


じゃあどうしてそこに行こうと思うのか、なぜそれを求めるのか・・・。

「好きだから」と言ってしまえばシンプル。きっと僕は単純にそうなんだと思う。でも人間の思考回路は複雑できっとそこに行きつくまでには色々な体験から紐づけられたあみだくじを引いたような必然的GOALであって末端まで行くとすごい沢山の因子があるんだと思う。結局行きつく先が自然が好き、瀧が好きとなっているだけなんでしょうね。

ではその自然の中でもなぜ小坂の瀧を選ぶのか。

これまた自分の場合はそこが好きだから。愛着があるからでしょうね。単純明快です。
でも自分以外の人はどうか、この町に住んでいる人の中でも僕と同じじゃない人は沢山いるだろう。その人たちにとってこの小坂の瀧とは何の接点があってどんな存在価値があるんだろうか。

生活に直結していないものに感心はあまりないのかもしれない。そのような人には現段階での価値はあまりないのかもしれない。ただし内外の人を含めてそれを求める人たちはどんあだろう。

実際に過去に案内をしてきたお客さんの事を思い出す。彼らがツアーの終わりに見せるあの満足げな顔。リフレッシュできた!っていう人、また来たいな~っていう人、色々いたな。みんなすっきりした顔をして帰っていくような気がする。その中でも印象的なお客さんで「心の垢までも洗い落とせた気がする」という言葉を残した人がいる。それかもね、もしかしたら。


きっと人間生活をしている限り何かしら垢がつくんでしょう。それはストレスであったりしがらみであったり・・・。とにかくスッキリしたい!そんな時にこの瀧という強力水流パワーが最適なんでしょう。そう考えます。

じゃあなぜ沢山ある滝の中でここ小坂である必要性は何なのか。
それはきっと近場だったとか、高山に行くついでだったとか、滝マニアだったりとか色んな背景の人がちゃんと理由を持って選んできているはず。

でも中には何も知らずにふらりと立ち寄る人や友達にそそのかされてきた人なんかもいるから前情報ゼロなんて人もいるでしょう。そんな人たちはきまって「知らなかったけどいいところだね」とか「もっと宣伝しなきゃ」とか言ってくれる。ごもっとも。きっと彼らに正しく情報が伝わっていないんでしょう。いやまったく届いてもいないのかも。

う~んいっろいろ考えを巡らせるうちにとっ散らかってきたので一旦まとめ。

小坂の瀧のValueは”スッキリさせるパワー”だと思う。だからこそスッキリしたい人にこのスッキリパワーを届けたい。そのために僕にできること、次はここを突き詰めていこう。とりあえず今日はここまで!